Love songs
1.
こうもり傘はいいね
夜の雨のなかさしたら 大きな声で歌おうが だれもしらない
傘を目深に傾けて 顔隠したら
失くした恋の歌歌うにゃ もってこい
悲しいことのあとには 無敵なきもちになるの なんでだろう
わたしよっぽど 強くなれるきがするわ
もうきっとたいがいのことにはうちのめされない
こんな悲しいことのあとには
2.
あなたが発つ日 空けておきます
あなたが帰路につくのは早朝だけど わたし一日空けておきます
笑顔であなたを抱きしめて あなたを乗せた車が角を曲がるのを 一心に見送ったあと
朝から晩まで 泣き暮らすことができるように
その日まで涙はとっておきます
先走っては まつげの淵に引っかかってくる水泡を 溢れさすにはまだ早い
あなたの顔がぼやけてしまうから
あなたが側にいるうちは 笑顔でいます
あなたが側にいる喜びを噛み締めて このあと10年生きていけるように
わたしが側にいなくても幸せな あなたの幸せを願って生きていけるように
3.
こんなに人を好きになることができるのね
あなたとすれ違った日は 一日浮き足立って
あなたとすれ違わない日は 偶然あなたが向こうから歩いてこないかと
渡り廊下 見下ろす駐輪場 木陰の喫煙所
いないと知りつつ 目で探さずにはいられない
あなたを好きになってから 自分に呆れてばかり
呆れて呆れて つける薬もないとよく笑ったもんだわ
あなたには困らされたわ
誰にでも優しいように わたしにも優しく
惚れられたことを理由に遊べない 誠実さと
飄々とした愛嬌と 無邪気なまでの真っ直ぐさ
夢にまで出てきて わたしほとほと困らされたわ
いっとくけど わたしいつもはこんなんじゃないのよ
もっと頭も固いし 色恋に興味もないふうで
いつもはこんなんじゃないのよ…
わたし信じていなかったの
愛する人について謳う すべての詩を
恋人の髪や瞳の美しさを讃え 声を讃え その吐息を讃える すべての詩を
愚かしいものだと 今まで
偶然あなたと鉢合わせた 春の日
長い冬のあとの陽光のもと あなたをみた
色あせた黒いTシャツを身にまとい
風に 少し伸びた柔らかな髪を遊ばせて
軽やかに歩くあなたを 一月ぶりにみた
あなたはそして わたしを見つけて微笑んだわね
あんまり眩しくて 眩しくて…
わたしあなたを諦めることを 諦めたわ
こんなに人を好きになることができるのね
わたしには関係ないと思ってた
この気持ち わたしだけの気持ち
あなたにわかってもらうこと できないの知ってる
あなたを困らせたい訳ではないのだから
これはよろこびの詩です 叶わない恋でも よろこびの詩です
4.
海の向こうで 生きていてくれるのだから
そこであなたを笑わせる沢山の日が あなたを待っているのだから
あなたが元気で生きていてくれる限り
わたしほんとうの不幸にはならない
あなたに感謝をしなくちゃね
偽善かしら 綺麗事かしら そうかもしれない
でも どこかであなたが笑っている限り
わたしほんとうの不幸にはならない
ただ夢を見るといけないの
それだけがいけないわ
あまりにも容赦なく わたしの押し込めた望みを暴きだす
一番辛い夢は 一番幸せな夢
目覚めたときにたまらないから
わたしバスルームに駆け込んで シャワーを浴びた
冷たいのより うんと熱いのを
ぜんぶ洗い流してしまえ
夢の中身も しつこく溢れる涙も
だけどあの幸せな一場面だけ残しておいて 夢でいいから
5.
夢だったのかしら
あなたをあんなに近くに感じた一日
わたしたちふたりで行ったね
なんの特徴もない街だった
どこででも見つけられる チェーンの飲食店が並ぶだけの
日差しだけが強かった 学校帰りの子供たちの声が 駐輪場にひびく
人のまばらな小さな駅では 燕の巣が大事に守られて
あなたはやっぱり おんぼろのビニール傘をどこかに置きわすれた
ふたりで行ったね
どこでもいい 名前の知らないところへ行こうよ
ただ電車に乗りましょう 好きなところで降りましょう
どこへでも あなたとなら
想像してみる
向かいの座席のご婦人から 制服姿の学生から
わたしたちどんなふうに見えるかしら
身を寄せ合って 話は途切れることなく 笑顔を交わして
仲良さげに見えるでしょう
もしかして もしかして 似合いの恋人同士に見えるかしら
太陽も沈みかけるなか
一面の緑の田んぼに挟まれて この畔道 海まで続いている
わたしたちを知らない土地の わたしたちを知らない道の上を歩いて 海まで
あなたは蟻の行列を熱心に眺めてた 蛙が飛び跳ねるのにはしゃいで
横歩きする蟹をつついて 迷子の亀に話しかけて
ふたりで行ったね
どこでもいい 名前の知らないところへ行こうよ
ただ電車に乗りましょう 好きなところで降りましょう
どこへでも あなたとなら
6.
たなごころにおさまる その甲羅を優しく撫でている
どこから来たの どうしてこんなところで ひとりいるの
水からはなれて こんなに硬くて黒い 石の上で
小さな甲羅からおそるおそる 首を伸ばして 彼女はあなたを見た
潤んだような鮮やかな黒い瞳が あなたを見つめている
こんなに小さな 柔らかい脚をしているのね
柔らかなところを 丈夫な背中に隠しているのね
大事にしてくれる人にだけ そっと心を開いてみせるのね
黒い瞳が 一心にあなたを見つめている
無防備にひたむきに見つめている
好きなところへお行き 水のあるところへ 家族のもとへ
だけどもしも 彼について行きたければ
ゆっくりゆっくり あとから一生懸命 追いましょう
わたしと一緒に 追いましょう
7.
ねえきっと 忘れないでね
ばかみたいに つまらないことなのだけれど
わたし嬉しかった
ばかみたいにときめいたの
しかたないでしょ 言われ慣れてないのよ
ばかみたいに つまらないこと
あなたはお酒に酔って
ちょっと口が軽くなったんだとおもうの
あのぼろ家はもうない
わたしたちが言葉を交わした あの手洗い場ももうない
それでもあそこへ行ったら わたしの思い出がひとり跡地に
ひっそりと佇んでいてくれるかしら
吹いたら掻き消えるような儚さで
わたしの大事な思い出がひとり
誰にも知られぬまま ひっそりとそこに
2019.9.29